ああ江戸川
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昨日は雪化粧でした。
今の江戸川は、昔は太日川といったみたいです。1020年(寛仁4年)に上総国司だった菅原孝標さんの娘というかたが、お父さんの帰任にしたがって、松戸の渡りで太日川を渡ったとか。吾妻鏡じゃなくて、更級日記に出ている話です。更級日記って、菅原孝標さんの娘というかたが書いたんですから、自分が出てくるのは当たり前かな。また松戸はその頃は「まつさと」と呼ばれ、馬津里と書いたらしいです。
渡り、渡しは「渡」とかいて「と」と読みますから、これが「戸」になって、「戸」の付く地名は、川を渡るための船着場や船渡しのあった場所が多いらしいです。 松戸は「馬津戸」かもしれませんし、柏の「船戸」なんて、そのままです。東京でも「青戸」(駅名は「青砥」ですが)はやはり、川の渡しのような場所。
♪連れて逃げてよ・・・の矢切の渡しも、昔は川を渡るためにはどうしても必要だったんです。
今みたいな橋は、昔はなかったんですね。 だから、矢切の渡しがあったのです。 江戸時代には、川に関所が置かれたことも(もしかしたら、もっと前も)ありました。
今は電車で、ほんの数秒ですが、昔は江戸川を渡るのも大変だったようです。