日本で作曲された中華人民共和国国歌

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あまり知られてませんが、中華人民共和国の国歌は、日本で作曲されました。作詞は中国、作曲は日本で、レコーディングは中国かな? オー、イエーイ。

中国国歌は、『義勇軍進行曲』といいますが、これはもとは映画『風雲児女』(風雨の中の若者たち)の主題歌で、作詞は劇作家の田漢、作曲・聶耳(ニエアル)。聶耳は耳が良く音を聞き分けることから付けられた名前で、聶守信がもともとの名前です。
映画の主題歌が、実際に抗日デモで歌われて中国全土に波及、さらに旧満州にいた文字通りの義勇軍の軍歌になり、国共内戦後、1949年に誕生した中華人民共和国で暫定国歌となりました。1966年、文化大革命が起き、作詞者の田漢が無実の罪により糾弾されたことから歌われなくなり、かわって毛沢東を神格化してたたえるという『東方紅』が国歌のようになりましたが、文革が滅茶苦茶だったことが反省されて、また、『義勇軍進行曲』のほうが国歌として歌われるようになりました。

実はこの曲の作曲者である聶耳は、1935年来日して曲を仕上げ、譜面を本国に郵送したそうです。しかし、その作曲後まもなく、神奈川県藤沢市鵠沼海岸で水死してしまいました。

藤沢市のHPにも、この人の話が載っています。
http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/shougai/page100072.shtml

なぜ、聶耳が当時日本にいたかといえば、話せば長くなりますが。もともと中国雲南省昆明市出身の彼は 親戚友人から学費を立て替えてもらって勉学に励み、優秀な音楽家となったのですが、マルクス主義の本を読むようになり、学生運動にも参加。上海にわたって職業音楽家になってからも運動を続け、1933年中国共産党に入党、だいぶ国民党当局からにらまれていたようです。そのままでは、逮捕拘禁される可能性もありました。最初、国民党も、共産党との二重党籍を認めていたのにね。そこで、日本にいた兄を頼り、日本に亡命したようなかたちで、藤沢に来たと思われますが、日本からソ連に渡ろうとしていたともいいます。聶耳は、『義勇軍進行曲』を作曲した1935年の7月17日の午後、友人と遊泳中の鵠沼海岸でなくなりました。
その後、『義勇軍進行曲』は1949年9月27日、中国人民政治協商会議第一回全体会議で、中華人民共和国国歌として決議されました。 

起来! 不願做奴隸的人們!
把我們的血肉,築成我們新的長城!
中華民族到了最危険的時候,
毎個人被迫着発出最後的吼声。
起来! 起来! 起来!
我們万衆一心,
冒着敵人的炮火,前進!
冒着敵人的炮火,前進!
前進! 前進! 進!

(日本語訳)
起ちあがれ! 奴隷となることを望まぬ人びとよ!
我らの血肉を以って新たな長城を築こう!
中華民族に最大の危機がせまり
一人ひとりが最後の咆哮をあげる時だ。
起て! 起て! 起ちあがれ!
我々すべてが心を一つにして、
敵の砲火をついて進め!
敵の砲火をついて進め!
進め! 進め! 進め!

なんか、最後は軍歌そのものといった感じ。そして、抗日戦争の歌ですから『義勇軍進行曲』でいう敵とは日本軍ということです。ずっと、長い歴史をたどれば、仲良くやっていた時期もあるでしょうに、不幸な時代の歌詞が国歌になってしまったんですね。

ところで、幾分南方から来た人もいるでしょうが、DNA調査などからみても、どうも日本人の祖先はシベリアを起源としているようです。その証拠は、ひとつはミトコンドリアDNA。さらに、シベリアにある2万3000年前のマリタ遺跡で出た細石刃と殆ど同じ細石刃が、北海道からも出土しています。つまり、主な日本人の先祖はシベリアを起源として、樺太、北海道から南下したわけですが、当然ながらシベリアだけでなく、今の中国北東部やモンゴルにも仲間は広がったわけです。
日本に渡った、といっても国の概念はなかった頃ですが、その人たちの子孫は、縄文人になりました。その後、中国大陸から船で渡来し、縄文人に稲作を伝えた人たちもいました。彼らも縄文人と混血したのでしょう。また、縄文人も船でいろいろ南の島とかに出かけています。

さらに時代がくだって、弥生時代には朝鮮半島を渡って、やはり今の中国、朝鮮の人たちが、大量に日本に入り、それらが弥生人として、縄文人と混血した結果、日本人が生まれたわけです。
つまり、日本人は旧ソ連・シベリアから来た人たちを原住民として、中国、朝鮮の人たちが混血して出来た民族であり、アイヌ人やギリヤーク人の存在を別としても、単一民族ではなかったのです。

中国は、諸民族がたくさんいることでは、もっと激しく55の民族がいるそうですが、漢民族も純粋な漢民族とかはないような気がします。漢民族といっている人たちも、北と南で背格好や顔立ちが違うように思うのですが。環境は人を作るといいますが、北の寒いところでは白くまみたいに体が大きくなるんでしょうか。

もともと、同じ系統のアジア人だし、中国の国歌も日本で作曲されたんですから。
もう少し毒入り餃子事件とか、協力的、友好的にやってくれても良いんじゃない、胡錦濤さん。