どうなるグルジア、サーカシビリ大統領再選へ
人口の多い、グルジア人はグルジア正教を信仰しています。ただ、グルジアにはイスラム教徒も多いし、なにしろ、モスクワよりトルコに近いような国ですから。グルジア西部にあるアブハジア自治共和国は、もともとグルジア民族が支配していたところですが、アブハズ人がほとんどイスラム教徒であることからグルジア民族支配の脱却をめざし、1992年に独立を宣言しました(ただし、国際的には未だ認知されていません)。しかし、その後独立を認めないグルジアと紛争になりました。
サーカシビリ大統領は、40歳ということですが(それにしてはふけて見える)、うまくまとめていくのでしょうか。
![イメージ 2](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/a/aikokunohana1938/20010101/20010101000810.jpg)
この件、グルジア共産党問題といいますが、この問題をめぐって、スターリンは、グルジア出身にも関わらず、グルジア共産党を弾圧し、それを問題視したレーニンはスターリンを批判、1923年には、スターリンの書記長職からの解任を提案するに至りました。レーニンはスターリンが粗暴すぎることを前から問題だと思っていましたし、グルジア問題の解決にも腐心していたのですが、その後しばらくして病没してしまいました。結局、スターリンはレーニンの後継者として君臨し、ベリアを使って有名な粛清を行ったのです。もし、レーニンがもっと長生きしていれば、ソ連の運命も変わったかもしれません。
いろいろ、過去からの紛争の歴史のあるグルジアですが、うまくおさまってくれればと思います。
このグルジア問題をめぐってのレーニンの言葉は、以下の通りです。
「抑圧民族、すなわち、いわゆる『強大』民族にとっての国際主義とは、諸民族の形式的平等をまもるだけでなく、生活のうちに現実に生じている不平等にたいする抑圧民族、大民族のつぐないとなるような、不平等をしのぶことでなければならない」
「抑圧民族、すなわち、いわゆる『強大』民族にとっての国際主義とは、諸民族の形式的平等をまもるだけでなく、生活のうちに現実に生じている不平等にたいする抑圧民族、大民族のつぐないとなるような、不平等をしのぶことでなければならない」
(写真はトビリシ)